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Upside Foodsがインディアナ州の培養肉禁止令に抗議
Wildtypeは細胞性サーモンをオレゴン州で販売、世界初

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 米国トランプ大統領の第二次政権がスタートして早半年。トランプ政権が発動した相互関税や一律関税の措置で、世界経済は大混乱に陥っています。米国の株価はトランプ大統領が関税について言及するとがっつり落ち、数日して修正・撤回すると急上昇する、これがタコスの皮を横から見た形に似ていることから、金融関係者がTACOトレードと呼んでいるそうです。しかも、TACOには、Trump Always Chickens Out (大統領が関税交渉におじけづき、びびって手を引く)という意味も隠されているとか。

2025年5月28日、米FDAが安全性について問題なしとしたWildtypeの細胞性サーモン(撮影:細胞農業研究機構・吉富愛望アビガイル代表理事)

 ただ、国際貿易裁判所は5月28日、トランプ政権が発動した相互関税や一律関税などの措置を差し止めるよう命じたという大きなニュースが流れました。これに対して政権側は控訴し、連邦控訴裁判所は審議する間、国際貿易裁判所の決定を一時的に停止すると命じたといいます。控訴審で今後どのような判断が示されるか予断を許しません。今回は、混迷極める第二次トランプ政権下で細胞性食品の実用化がどのように進んでいるのかを見ていきます。

Upside FoodsがIndy 500で細胞性チキン提供

 第二次トランプ政権下における細胞性食品の行方は気になるところです。というのもトランプ大統領が、食品安全を監督する米食品医薬品局(FDA)を統括する保健社会福祉省(HHS)の長官に指名したのはロバート・F・ケネディ・ジュニア氏。非科学的なワクチン懐疑派として知られ、米疾病予防管理センター(CDC)の組織縮小に大ナタを振っており、細胞性食品の承認プロセスにも影響を与える可能性があると報じられています。

 そんな中、インディアナ州では5月6日に細胞性食肉の製造・販売を規制する法律(H.B. 1425)がマイク・ブラウン州知事によって署名されました。インディアナ州は、フロリダ州、アラバマ州、ミシシッピ州、モンタナ州に次いで、細胞性食肉の製造・販売を規制する州となったのです。

 この法律においては、2025年7月1日から2027年6月30日までの2年間、細胞性食肉を販売する場合、「これは模造肉製品(imitation meat product)です」と明確に表示しなくてはなりません。違反した企業には最高1万ドルの罰金が科されるとのことです。この法律の目的は、州の農業と従来の食肉産業を保護するとされていますが、細胞性食肉の関係者たちはこれを技術革新への妨害とみなし、今後の法的対応を検討しているといいます。

 この規制が業界全体にどのような影響を与えるのか、今後の動向に注目が集まっている中で、Upside Foods(米カリフォルニア州)は、具体的な行動に打って出ました。5月25日、インディアナポリス・モーター・スピードウェイで開催された世界的な自動車レース「インディアナポリス500マイルレース(Indy 500)」で細胞性チキンのサンドイッチを無料でふるまったといいます。

 細胞性食肉が米国農務省(USDA)からのお墨付きを得た安全な食品であることを強調し、消費者に直接食べてもらい、理解を深めてもらうのが狙いでした。同社は「動物を屠畜することなく育てたおいしいチキンを選ぶあなたの権利を守るためにここにいます。安全な食品を禁止することは自由主義に反するものであり、敢えて言わせてもらえば非アメリカ的である」と強く主張したのです。

 さらに同社は、インディアナ州の規制が細胞性食品業界の競争を不当に制限していることが憲法違反に当たる可能性があると指摘し、法的措置も検討しているとのことです。

「伝統的な農業を補完する技術」で支持得る?

 Upside Foodsの米国州政府の規制に対する抗議は、インディアナ州だけにとどまりません。フロリダ州は2024年5月に細胞性食品の製造・販売を禁止する法律(S.B. 1084)を制定し、同年7月に施行しました。昨年、本欄(2024年10月2日記事参照:「培養肉開発トップランナーの米国 “もしトラ”で州の禁止令はどうなる?」)でもお伝えしましたが、フロリダ州政府の主張としては、州の農業を保護するために必要なものとのことです。それに対してUpside Foodsは2024年8月12日、この法律が州外企業に対する不当な規制であり、消費者の選択肢を奪うもの、細胞性食品禁止令が憲法違反であると、フロリダ州北部地区連邦裁判所に訴えています。

 連邦裁判所はUpside Foodsのこの訴訟の一部を棄却しましたが、「休眠商業条項」(州間の取引を不当に制限することを禁じる憲法の原則)に関する訴えについては審理を続けることを認めました。裁判官は、フロリダ州がこの規制の正当性を証明する責任を負うとし、州政府は「厳格な審査」によって細胞性食肉禁止令が州内の従来の食肉産業に不利益をもたらすのか、もたらさないのか、また、細胞性食肉が本当に競争相手となるのか、ならないのかを、慎重に検討すべきと述べています。

 裁判は、ほかの州にも影響を与えると懸念していたら、今回案の定、上述したようにインディアナ州でも規制が打ち出され、Upside Foodsが抗議に出たというわけです。

 同社は法的措置を継続しながら、事業の再構築や技術革新にも取り組んでいます。細胞性食肉業界全体は今、規制に関する課題や資金調達の難しさに直面しており、同社は業務効率の向上を目的とした戦略的な組織再編を実施し、従業員を削減しました。

 一方、生産規模と市場の拡大にも注力しており、細胞性食肉の生産と技術開発のための最先端施設、EPIC(Engineering, Production, and Innovation Center)の運営を強化する方針も示し、新たな製品開発や技術革新に取り組んでいます。ちなみにEPICはカリフォルニア州エメリービルにあり、細胞性食品を年間最大5万ポンド(約2.27トン)生産する能力を有しており、将来その能力は40万ポンド(約18.16トン)以上にもなるとのこと。

 Upside Foodsの訴訟案件はその結果次第で、他の州にも影響を与える可能性があり、細胞性食肉業界の今後の展開への注視が必要です。特に、トランプ政権は伝統的な農業と畜産業を優先する政策を打ち出しており、細胞性食肉が「超加工食品」として扱われる可能性があるとも指摘されています。一方で、細胞性食肉は「伝統的な農業を補完する技術」と位置付けることで、保守派の支持を得ようとしているとも言われています。この戦略が成功すれば、細胞性食肉の市場拡大に向けた新たな道が開かれるのではないかと期待したいものです。

オレゴンのレストランで世界初の細胞性サーモン

 さて、これを執筆しているときに新たなニュースが飛び込んできました。紹介します。2025年5月28日、Wildtype(米カリフォルニア州)が開発した細胞性サーモンの安全性などについて、FDAから従来のサーモンと比較して特段の疑問はないとお墨付きをもらったのです。この結果、オレゴン州ポートランドにあるハイチ料理レストラン「Kann」で提供されることになりました。6月は毎週木曜に、7月からは毎日提供され予定とのこと。さらに今後4カ月で4軒のレストランで提供する計画も明らかになりました。

 Wildtypeは、GOOD Meat、Upside Foods、Mission Barnsに続き、FDAの市販前協議を完了した4社目の企業となりました。Mission BarnsはUSDAの最終承認を待つ状況にあるとのことです。米国での細胞性食肉の安全性はFDAとUSDAの両方の評価が必要ですが、ナマズを除く細胞性魚についてはFDAのみの評価になるといいます。これで、世界で初めて細胞性魚が販売されることとなり、細胞性食品の実用化に関して大きな一歩となったといえましょう。

 なお、Wildtypeのホームページでは、同社も上述したフロリダ州の細胞性食品の製造・販売の禁止法案に、激しく反対したといいます。同意しない理由は、動物性たんぱく質の需要は今過去最高で、2050年までにほぼ倍増すると予測されている中、伝統的な農業によって需要を満たすのに十分な土地や水が十分ないからです。そして、もう一つ理由を挙げました。近年、海は水銀、農薬、PCBによって魚貝類が汚染されており、産業革命以来、私たちの海の水銀の量は3倍に増えたそうです。FDAはこうした汚染物質への暴露を避けるために、シーフード摂取の制限を推奨しています。この状況において、細胞性サーモンはより安全であるというわけです。

 これまで、一般消費者への情報提供における細胞性食品開発の意義については、食料不足や飢餓、そして動物福祉の観点から動物の命を奪わないことが多く挙げられてきたと思います。しかし、細胞性サーモンの場合は海洋汚染を理由に安全な魚貝類を提供できることを訴求しています。このコミュニケーションは、一般消費者が抱きがちな「自然は安全、人工は危険」という誤解を払拭する良い機会となるのではないでしょうか。米国民の細胞性食品への理解も含めて、引き続き規制化と実用化の動きを見守っていきましょう。

 最後にもう一つ、米国の細胞性食品の規制に関する新しいニュースが入ってきました。6月11日、オハイオ州議会の下院で、模造肉や植物性代替卵の表示規制を強化し、公立学校の給食提供を禁止する法案(H.B.10)が可決、法案は上院に送られたとメディアが報じました。米国の州の動きからは、まだまだ目が離せません。

ジャーナリスト 中野栄子
東京都出身。慶應義塾大学文学部心理学科卒。日経BP社「Biotechnology Japan」副編集長、「日経レストラン」副編集長、「FoodScience」発行責任者、日本経済新聞社「NIKKEISTYLEグルメクラブ」編集長などを経て、現在フリーで食・農業・環境分野を取材・執筆中