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【インタビュー特集】
消費科学センター・池戸重信代表理事に聞く
開発・実用化は早期から消費者の正しい理解のもとで

解説コンテンツ

 今回から消費者団体の方のインタビューを開始します。消費者は新規食品をどう理解し、どう選択しようとしているのか。そして、それに対して消費者団体は、どう活動していくのかーー。第1回目は、消費科学センターの代表理事を務める池戸重信さんです(聞き手:細胞農業研究機構・吉富愛望アビガイル代表理事、構成:ジャーナリスト・中野栄子)。

消費科学センター・池戸重信代表理事(右)と細胞農業研究機構・吉富愛望アビガイル代表理事

ニセ牛缶事件が消費者運動に火をつけた

吉富 : 昨年、代表理事に就任されたそうですね。貴団体(以下、センター)は消費者運動の歴史の黎明期に設立された老舗団体と聞いています。まずは、センターの設立の経緯と歴史を教えてください。

池戸 : おっしゃる通り、当センターは消費者運動が盛んになりつつあり、消費者団体が次々設立された1964年に設立しました。60年以上、変わらず活動を続けており、“老舗”といってもいいかもしれませんね。私は縁あって2022年に常任理事としてセンターの業務にかかわるようになり、創設期から活躍されてきた大ベテランの前代表理事の大木美智子さんが昨年退任されたことから、その後を引き継ぐ形で代表理事に就任しました。常任理事の方々は皆有能でいらっしゃるので、それらも支えとして、できるだけ私の責務を果たそうと日々努めているところです。

 当時、消費者運動のきっかけの1つとなったのが、1960年に起きたニセ牛缶事件です。牛缶は牛肉の大和煮を缶詰にしたもので、当時としては大変な高級品でした。ところが、ある牛缶の中にハエが混入していたことが分かり、保健所が調査に乗り出しました。すると、主な牛缶メーカー20社のうち牛肉を材料としていたのは、わずか2社のみ。ほかは豚肉や馬肉、クジラ肉でした。このときは、衛生問題というより、消費者を裏切る偽装表示問題として、消費者運動に火がついたといいます。

 こうして消費者問題には、「企業 vs.消費者」という構造が生まれたのですが、企業に比べると消費者の資本力と情報力がどうしても劣るということが明らかになってきました。消費者は不利な立場に置かれ、そうした消費者は守っていかなければならない、保護の対象であるという考え方が広まり、1968年に消費者保護基本法が施行されました。当時は割烹着を着てしゃもじを持ち、弱い家庭の主婦の立場を主張する消費者運動が展開されたものです。

 2004年になると、もう消費者は保護されるという受け身ではなく、自ら勉強して自身で権利を獲得していく自立した存在だという意味で「保護」が外れ、消費者基本法に改正されました。センターの定款にも、団体の目的として消費者基本法の理念に基づいた8つの権利と、5つの責任を規定しています。

【8つの権利】

  1. 安全が確保される権利
  2. 自主的かつ合理的な選択の機会が確保される権利
  3. 必要な情報が提供される権利
  4. 必要な教育の機会が提供される権利
  5. 意見が消費者対策に反映される権利
  6. 適切かつ迅速に被害から救済される権利
  7. 消費生活における基本的需要が満たされる権利
  8. 健全な生活環境が確保される権利

【5つの責任】

  1. 批判的意識=商品やサービス、価格や質に敏感な問題意識を持つ責任
  2. 自己主張と行動=自己主張し公正な取引を得られるよう行動する責任
  3. 社会的関心=他者に与える影響、弱者に及ぼす影響を自覚する責任
  4. 環境への自覚=消費行動が環境に及ぼす影響を理解する責任
  5. 連帯=団結し、連帯して利益の擁護に当たる責任

 当センターはこの8つの権利と5つの責任に従い、社会問題に対する理解や認識を深めることこそが消費者自身の防衛策でもあるということで、一般消費者に対しての情報提供、普及啓発に主眼を置いて活動してきました。一部ほかの消費者団体では、政策提言につなげるべく特定の信条を持って反対運動を展開するところもありますが、そうした団体とは違います。また、団体名において「科学」を標榜しているように、科学的・客観的ということも、他団体と大きく異なるところです。

事務スタッフも猛勉強、政府委員会で発言

吉富 : 具体的にはどのように情報提供・普及啓発活動をされているのですか?

池戸 : 専門家の講師を招いて時宜に合わせた社会問題について学ぶ「消費者大学」をはじめ、見学会、学習会など、創業以来、数々の学ぶ場を提供してきました。一般論として、消費者は生活にかかわる問題について完璧に認識しているとはいえません。本人は完璧のつもりでも、正しく理解してはおらず、間違っていることも少なくないのです。一般消費者とはそういうものだということを前提に、認知度・理解度を上げるべく、特に高齢者など弱者に対しても分かりやすく情報提供・啓発活動に努めています。

 そして、当センターの活動として、もう一つ重要なミッションがあります。消費者が情報弱者として勉強し、自立を図った結果、その消費者の意見を広く世の中に発信していくべきだということです。そこで政府関係や公的機関などの委員会や会合に消費者代表として出席するのです。その数は年間100以上にも上ります。

 私を含めた3人の常任理事に加え、事務や経理のスタッフも出席するんですよ。約10人で年間100以上の委員会へ出席しているわけです。事務や経理のスタッフはまさに一般消費者で、最初は問題の所在すらも認識していません。ただし、事前にセンターで入念な打ち合わせを行い、しっかり勉強して臨むので、委員会での意見表明は大成功です。すると「よい発言をしていただいたので、次回もお願いします」と頼まれて、いつの間にかその分野の専門家になってしまうんですよ。組織は少人数ですが、その分情報の共有化が円滑にでき、個人の意見ではなくセンターとしての意見反映ができるという利点があります。

吉富 : 100をも超える委員会で意見表明しているとは知りませんでした。ただ、消費者運動の成果は関係者以外には見えてこないものですね。何か具体的な成果はありますか?

池戸 : ちょうど私が農水省勤務時代に、前代表理事の大木さんが発案して「一声運動」を展開しました。何かというと、小売りの食品は原産地表示が義務付けられているのに、外食にはそうした規定がありません。それを問題とし、例えばレストランでステーキを食べたときに「これはどこ産のお肉ですか」などと、お店の人に声を掛けましょうというものです。この運動は大きな成果を挙げました。

開発初期から消費者への積極的な普及・啓発を!

吉富 : 新しい概念や技術について、一般消費者とどう向き合えばよいのか迷うところがあります。これまでのご経験から、良いコミュニケーションのあり方を教えていただけますか。

池戸 : 一般的に言うと、消費者は自分が理解できないものに対しては不安を抱きがちです。そして、その不安が反対や抵抗といったこと行動につながってくるんじゃないですか。遺伝子組換えにしろ、ゲノム編集にしろ、一言で説明できるものではないから、一般消費者は皆、「わからない」と言いますよ。これらが新しい食品だと分かれば、一番に挙がってくる関心は「どのくらいおいしいのかな」です。次に、直感的に生活の中にどう位置づけられるのかを考えますね。「いくらで買えるのかな」「どのくらい生活が豊かになるのかな」「安全なのかな」などです。しかし、現物がないものは想像しにくいですね。

 そこでこの先、開発やルール決めなどの実用化を進めるというものであれば、消費者にもチームに入ってもらい、一緒に進めていくべきでしょう。というのも、新しい製品は誰のためのものかといえば、それは消費者のためのものでもあるからです。消費者が受け入れてくれるかどうかが極めて重要になってきます。消費者モニターという形などで、消費者のホンネを取り入れながら進めていくとよいのではないでしょうか。

 イタリアが培養肉禁止令を出したと聞きました。伝統的な食肉産業に悪影響を及ぼすという理由ですよね。もちろん、食文化の観点で伝統の踏襲は大切です。一方で、将来に向けての新たな食品開発には、業界のみならず一般の消費者のニーズや懸念も踏まえた対応が求められると思います。

 消費者に安心して受け入れてもらうということは、消費者がお客さんとして購入する流通・販売の人たちの意向も欠かせません。消費者に最も近い事業者ですから。いくら技術的に素晴らしいと説明しても、「お客さんが安心して買ってくれるかな」と流通・販売の人たちが疑問を抱いていては、実用化に結び付きにくいでしょう。

 これまで、消費者と流通・販売事業者とのコミュニケーションがうまくいかなかった例としては、無添加問題が挙げられます。食品添加物についてのコミュニケーションが不足するあまり、消費者の食品添加物は悪いものだという誤解が進み、その結果事業者は消費者の心理を利用し「無添加」と表示した方が消費者が安心し健康にもよいと思って選択してくれるだろうということで、根拠がない無添加表示が見受けられるという問題です。この問題に対して、消費者に適切な情報提供を促すため、消費者庁からガイドラインが出された経緯があります。改めて、消費者と流通・販売事業者とのコミュニケーションの重要性を感じます。

吉富 : 新しい概念や技術がどんどん出てきて、それに対応する消費者活動が変わってきたことがよく分かりました。さらに、今後の消費者活動はどうなっていくのでしょうか。課題を教えてください。

池戸 : 2025年は消費者基本法の5年に一度の基本計画の改訂があり、最初のテーマとして「デジタル技術の飛躍」が打ち出されたように、まさに消費者活動の今後最大の課題はデジタル対応だと思います。かつて1960年代に消費者運動の主役だった人たちが高齢化により世代交代する中で、キャッシュレス化や電子媒体による通販など高齢者が苦手とするデジタル技術は急速に進んでいます。例えば、食品表示は消費者が入手しうる重要な安全情報・品質情報ですが、今や「表示」というパッケージに印刷されたものだけでなく、ネット上にある何倍もの情報を取捨選択しなければならない状況です。ネット社会は真偽不明の情報もあふれており、今後の消費者運動は、そうした社会におけるデジタル情報を適切に取り入れ、活動に結びつけていくことが求められるのではないでしょうか。

池戸重信(いけどしげのぶ)
一般社団法人消費科学センター代表理事

1972年東北大学農学部農芸化学科卒業。同年農林省入省、東京農林水産消費技術センター所長、食品流通局消費生活課長などを経て、独立行政法人農林水産消費技術センター理事長。2005年4月宮城大学食産業学部フードビジネス学科教授、2009年同大学副学長、2012年宮城県産業技術総合センター副所長兼食品バイオ技術部長及び宮城大学特任教授。2022年消費科学センター常務理事に就任、現在日本農業経営大学校客員教授などを兼任し、現職に至る。東京都在住。