イスラエルBeliever Meatsと蘭Meatableが撤退
細胞性食品業界への投資は冷えきった?
2025年末、細胞性食品の開発製造企業が相次ぎ、事業停止に追い込まれました。1社はイスラエルのBeliever Meatsです。米国で5社目となる細胞性食品の販売許可を得てからわずか1カ月のことで、関係者を驚かせました。続いて、オランダのスタートアップ、Meatableも細胞性食品の事業から撤退しました。こちらは、まだ細胞性食品が承認されていないEUにおいて2024年に初めて合法的な試食会を開催し、EUでの販売承認に期待がかかっていたところでした(2025年10月3日記事参照:「大阪・関西万博で日本の培養肉が初披露?!オランダ館では“培養肉の父”の娘さんが登壇」)。海外メディアが報じるところによれば、いずれも資金面の問題とのこと。これは、世界の細胞性食品の実用化にブレーキがかかったことの現れなのでしょうか。今回は、その辺りを見ていきます。

投資効率が悪すぎるから投資やめる?
まず、Believer Meatsですが、米ノースカロライナ州の巨大工場の建設費3400万ドル(1ドル155円換算で約52億7000万円)の未払いを巡って、建設会社のGray Constructionから訴えられていました。この工場は年間1万2000トンの生産規模という、世界最大級の細胞性鶏肉の工場として完成させたものの、運転資金が続かず、操業開始前に停止となったのです。これは、資金繰りがひっ迫していたことを示唆しています。
Believer Meatsは、Upside Foods(細胞性鶏肉)、Eat Just(細胞性鶏肉)、Wildtype(細胞性サーモン)、Mission Barns(細胞性豚肉)に次ぎ、米国で細胞性食品の販売承認を得た5番目のスタートアップとして、関係者の期待を集めていました。しかし、同社の財務状況の悪化に加え、細胞性食品業界全体で投資が急減したことで、追加資金の調達が困難となり、事業継続が不可能になった模様です。
Meatableも同様の状況です。2021年には細胞性食品業界に10億ドル(1ドル110円換算で約1100億円)近い投資資金が流れ込みましたが、その後は投資が急減。Meatableは追加資金を確保できず、事業継続が困難になりました。細胞性食品は、研究段階から商業生産に移行する際に設備投資が極めて大きく、投資家の期待に沿わなくなったとも言えます。また、規制の進展が想定より遅かったことも挙げられます。欧州では商業販売の承認プロセスが遅いために収益化の見通しが立ちにくく、投資家の回収タイムラインと合わず、資金が続かなかったのです。
まとめると、Believer MeatsもMeatableも、細胞性食品業界への投資が冷え込んだことによる資金調達の難しさに直面し、事業停止に追い込まれたというわけです。Believer Meatsが事業を展開していた米国では、細胞性食品の“禁止令”を発効している州があります。2026年2月時点で、フロリダ州、アラバマ州、ミシシッピ州、モンタナ州、インディアナ州、ネブラスカ州、テキサス州です。また、カリフォルニア州、ミズーリ州、オクラホマ州、サウスダコタ州は禁止や表示義務などに関する法案を審議中。こうした禁止令は、投資家の心理を冷やす“追い打ち”に近い位置付けであって、「禁止令があるから投資しない」のではなく、「投資効率が悪すぎるから投資しない」ということが先に起きていたといいます。
細胞性食品は長期的には成長産業
では、以上の傾向をもって世界の細胞性食品市場は停滞期に入ったということなのでしょうか。結論から言えば、「短期的には停滞しているが、長期的には成長産業として残っている」というのが、最新の分析のようです。
短期的に停滞している理由は3つあります。1つは、資金調達の急減です。2021年の細胞性食品への投資バブル後、投資額が急落し、上述のBeliever MeatsやMeatable、そしてSCiFi Foods(米国)など複数社が相次ぎ事業撤退しました。2つ目は、規制承認の遅れです。米国は承認が進んでいますが、EU・アジアは慎重姿勢を示しています。その結果、市場投入までの時間が長く、投資家が離れていきました。3つ目は、生産コストが依然として高いことです。培地コストが高く、バイオリアクターのスケールアップが難しいなど、商業生産の採算性が見えないのです。
しかし「長期的には成長産業」という見方は根強くあります。2025年に12億ドル(1ドル155円の換算で約1860億円)の市場規模が2035年には274億ドル(同約4兆2470億円)に拡大するとの強気の予測も出ています。これは、年平均成長率36%に相当します。技術は着実に進歩しており、細胞組織工学、バイオマテリアル、培地の低コスト化に期待がかかっているのです。そして、「バブルがはじけて健全化した」という評価もあり、2026年の業界分析では、「幻想は消えたが、より現実的で持続可能な産業に向かっている」とされています。
細胞性食品の投資効率の悪さはどこにある?
短期的に市場の成長を抑制しているという細胞性食品のコスト構造についても、見ていきましょう。投資家が嫌う投資効率の悪さは、どこにあるのでしょうか。調べてみると、細胞性食品のコストは次の4つの要素が突出して高いことが浮かび上がってきました。
1つ目は、培地です。細胞性食品のコストの50~80%を占めると言われる最大のコスト要因です。培地には、細胞を増殖させるためのアミノ酸、糖、ビタミン、成長因子、血清代替物が使われますが、中でも成長因子は非常に高価で、商業化に向けての最大のボトルネックとなります。
2つ目は、細胞の足場材料です。足場とは、肉らしい食感を作るために必要な素材のことで、コラーゲン、セルロース、藻類由来素材などがあります。食品グレードで大量生産するにはコストが高くつきます。
3つ目は、品質管理と安全性試験です。細胞性食品は「食品」でありながら「バイオ医薬品」に近いものでもあるため、品質管理コストが通常の食品より桁違いに高いのです。安全性の検査も医薬品に近いレベルが求められ、こちらもコストがかかります。
4つ目は、バイオリアクター(大型培養装置)の設備投資です。商業規模の細胞性食品を作るには数千リットル級のバイオリアクターが必要ですが、製薬レベルの無菌環境を維持しなければならず、非常に高価となります。しかも、一般の製造工場と違って、生産規模を大きくすると逆に歩留まりが低下して、かえって生産効率が悪化するという特殊事情があるのです。Believer Meats が工場建設費の未払いで訴訟されたのも、この部分の負担が大きいためです。
スケールアップからスケールアウトへ
なぜ、バイオリアクターを大きくすると歩留まりが落ちるのかについても、まとめておきます。一般の工業製品の製造工場では、装置を大きくすることで、固定費が薄まり、単位当たりのコストが下がるという「規模の経済」が働きます。一方、細胞性食品は金属やプラスチックなどの加工と違って、「生きた細胞」を相手にしています。細胞はとても繊細で、装置の中の酸素濃度、栄養濃度、温度、pH、撹拌の強さが少しでも変わると増殖が止まったり、死んでしまいます。数百ミリリットルの小さなフラスコならこれらを均一に保つのは簡単ですが、数千リットル級のバイオリアクターでは均一化が極めて難しく、細胞が均一に増えない、つまり歩留まりが落ちてしまうのです。ちなみに、酸素や栄養をいきわたらせるためにタンクの中を強くかき混ぜることを攪拌と言いますが、それが弱すぎると酸素不足となり、強すぎると細胞が壊れて死んでしまうというジレンマが生じます。
また、細胞性食品は製薬のバイオ医薬品と同じで、スケールアップすると「再現性」が落ちるのが最大の課題と言われています。制御できない変数が増えるからで、「小スケールでは成功、中スケールで不安定、大スケールで失敗」とは、バイオプロセスではよくある現象です。
そして、スケールアップすると「失敗したときの損失」も巨大になります。例えば10リットルのタンクで失敗した場合は、捨てても痛くありません。ところが、1万リットルのタンクで失敗すると、損失は数千万~数億円の損失に上り、大きな痛手を被ります。そのため、企業は大スケールでの実験を避けたことで技術が成熟せず、歩留まりが改善しないという悪循環が起きてしまいます。
研究室レベルでは、小さいスケールで、環境制御がしやすく、データも取りやすいので、「技術としてはできた」と言いやすいのですが、スケールアップした途端にコストと歩留まりが合わなくなるという状況に、多くのスタートアップがハマっているようです。こうして細胞性食品は「技術は見えたのに、商業スケールで採算が合わない」という壁にぶつかりやすいというのがよく起こるのです。
このように、商業生産に移行するほど赤字が膨らむ構造になっており、上述したBeliever MeatsやMeatableのように、資金が尽きる企業が出てきてしまいます。そのため、最近は巨大タンクを作るのではなく、小型バイオリアクターを大量に並べる「スケールアウト」という技術が注目されています。例えば、米国のUPSIDE Foodsも大型タンクでの生産に苦戦しましたが、2024年以降、小型タンクを多数並べる「スケールアウト」方式に転換したことで、歩留まりが安定し、品質も向上したそうです。同社はFDAの承認も取得しました。
今は、いくつかのスタートアップの事業撤退があり、短期的には停滞しているかのように見える細胞性食品事業ですが、投資効率の悪さを技術で克服しつつあるところに、長期的な成長を予感した次第です。
ジャーナリスト 中野栄子
東京都出身。慶應義塾大学文学部心理学科卒。日経BP社「Biotechnology Japan」副編集長、「日経レストラン」副編集長、「FoodScience」発行責任者、日本経済新聞社「NIKKEISTYLEグルメクラブ」編集長などを経て、現在フリーで食・農業・環境分野を取材・執筆中