【シリーズ3】「細胞性食肉」の課題は?

「細胞性食肉」の課題は?

生産量・環境・地政学・倫理課題解決で期待される細胞農業ですが、食に関する社会課題の「万能薬」ではありません。技術開発は継続的に必要とされ、大量生産技術が確立されるまでは不明瞭な要素がたくさんあります。可能性がある一方で、不確実な点が多いことが予想を難しくしている要因の一つです。現段階で指摘されている、今後の更なる明瞭化・技術開発が必要とされる領域を4つご紹介します。

① 細胞農業は周辺産業の技術開発・浸透にも高く依存

細胞性食品の生産には、栄養分の主原料として糖やアミノ酸が必要であり、従来の畜産と同様に原料に穀物が必要です。この課題を解決するため、糖やアミノ酸を穀物ではなく、微細藻類から生産したり、地域の食品残さ等の未利用資源に置き換える試みも行われています。このような技術開発が進んで実用化できれば、食料や飼料に使用する穀物への依存度を軽減できるようになります。

さらに、医薬品等に使用される高加工処理された原料は価格、環境負荷ともに食料品グレード原料よりも高いことが指摘されており、細胞農業業界では、細胞培養効率と品質を落とすことなく、医薬品グレードを食品グレードに置き換えるための技術開発が必須となっています。その分野で先行して研究開発を進めるのが、インテグリカルチャー社、日本たばこ産業株式会・テーブルマーク社の共同研究です。2023年9月、酵母由来のバルク食品原料を使用した基礎培地開発に成功したことが発表されました。これにより、31品目の基礎培地原料を16品目へ削減し、穀物由来のアミノ酸を酵母由来に置き換えることができました。酵母由来原料は国内で生産製造可能となり、輸入輸送に係る環境負荷やコストなどの削減にも大きく貢献するとされています。[1]

 

©インテグリカルチャー社

 

また、細胞を増やす工程では大量の電力を必要とするため、環境負荷低減への貢献には、今後の再生エネルギーの普及が不可欠となり、低環境負荷、持続可能性を追求するためには、電力インフラやサプライチェーンとの連携が大変重要です。

ツウだね!👌細胞農業専門用語

基礎培地:ウシ胎児由来の血清成分FBSなどが入っていない、細胞の栄養素。ブドウ糖、ミネラル、ビタミン、アミノ酸から構成される。

消費者受容の不確実性

価格が高騰しているとはいえ、店頭ではお肉、お魚が種類豊富に綺麗に並び、いつでも手に入ります。いくら食料の安全保障や持続可能性に貢献すると言われても、生活に直接的な影響がない限り、いきなり細胞性食品を受け入れることは難しいでしょう。細胞性食品も、他製品と同様に消費者に選んでもらう努力が重要です。栄養価、おいしさ、価格なども大変重要な指標です。一般消費者の購買動機に、細胞性食品がどれだけ応えられるかが重要です。市販化直後は希少性を謳うこともできるでしょう。ただ、それだけでは我々が目標とする社会課題実現に貢献できているとは言えません。多くの人々、社会に受け入れられるための技術革新を継続していくことが求められています。

細胞性食品の強みを生かした「おいしさ設計」が未熟

従来食肉や魚介の味・風味・食感を完全再現できるか、できないか、について、長年にわたり専門家の中でも意見が別れています。完全再現を目指す限り、今後もこうした意見の対立が続くことが予想され、つきつめると「本物」と「偽物」という仕分け方に陥ってしまうことが懸念されます。その一方で、食卓の定番となったカニカマ食品の参考事例のようい、細胞性食品を全く新しい食材・食品として捉え、開発していく方向性もあります。 例えば、殻を毎回取り除かなくてもよい細胞性甲殻類や、細胞性食品には”血液”が入らないため、従来の血管処理や、血抜き処理工程が必要なくなったりと、従来のお肉では叶わなかった食材の可能性や食体験を創造することも可能となります。

生産コスト削減の不確実性

オランダの環境コンサルティング会社が実際に技術を開発する会社から機密情報の提供を受けて試算し、2021年に発表した報告によると、細胞性食品は2030年までに1kgあたり数百円程度で生産できる可能性があることがわかりました [2]。2013年に世界で初めて発表された細胞性食肉を使用したハンバーガーは、開発費込みで3千万円以上掛かっており、相当大きな技術革新が予想、また必要とされているようです。一方で、一定のたんぱく質供給を細胞農業で担うには、細胞を増やすための大型培養設備があまりにも多く必要となり、細胞性食品をたんぱく質供給源としてとらえるのは非現実的だと指摘する声もあります。生産するためのコストダウンや量産化は、現在の細胞農業にとって最重要テーマです。

上記①で取り上げた酵母由来アミノ酸の代替や、シリーズ2で触れた日本ハム社の動物由来血清から食品原料由来への置換成功などに見られるように、業界リーダーはこの課題にも着手しています。2023年9月、日立造船と名古屋大学発スタートアップのNuProtein社が、細胞性食肉用のたんぱく質を2025年度にも販売することを発表しました[3]。生産工程の一部を機械化することなどで、生産にかかる費用を10分の1程度に抑えられるようです。

 

 

食品として安全性を保ちながら、低コスト化を実現することは、細胞農業には必要不可欠であり、細胞農業サプライチェーン構築の重要度に、更に注目が集まります。